動物の死注意
畜生。
ダジャレじゃない。
こんな状況で悪態をつかずにいれるものか。
彼は鼻を鳴らして不機嫌に地面を見つめた。
別に地面に何かが落ちているというわけでもない。地面ウォッチング愛好家でもない。自然とそこへ目がいくのだ。仕方ないのだ。
彼は四本の足で立っていた。
彼は、豚であった。
畜生道に堕ちたからだ。じゃあ別の生き物でもいいだろうと思う。
おれのどこが豚なのだ。豚は鳴き声がかわいくない。屁のほうが愛嬌がある。体だってでっぷりと太っている。丸いからだならば若年層に人気もでるだろうが、肉を付けた丸太を切ったやつみたいなものだ。
それに、豚は食われる。そのために飼育される。牛には哀愁があるが、豚のはない。滑稽さすら感じられる。
彼は短い首をひねる。肉色の己の体が確認できた。
逃れる手段はないのか。畜生のこの身では教えなんて意味がない。おれのような信心深い人間でもこんなところにおとされるのか。そう思うと以前の自分がばからしい。
必死に仕事をして、人とぶつかっても頑張って。最後まで職務を全うして。容姿をからかったのだろうか、この豚やろうなんていう人間もいたが、それでもきちんと終演をむかえたのだと彼は思う。
ふうと息を吐いたつもりが鼻から漏れ出てしまう。格好が付かない。
ぶう、とうっかり発音してしまう。これもしょうがないのか。
畜生の生はあまり楽しくもない。物思いを始めてまだ数日だが悟ってしまう。
しかしこの畜生の体はまだ幼い。檻の中では屠殺以外にはなかなか死にようがない。短い舌をのばして噛もうとしても意味はなさそうだ。自殺が罪に数えられたら再び獣になりかねない。
ぶう。不平を感じる。
まわりはざわざわとした豚、豚、豚、一面薄紅茶の一帯。体の生みの親らしい豚も、その中にいた、妹弟だっていた。けれど、全くといってもいいほどに見分けがつかない。
隣の豚が鼻を鳴らしながらわき腹に鼻を寄せてきた。かゆいしくすぐったいし、やめてほしいと心底思った。
所詮畜生なのだ。人を気遣うやさしさなんてない。尻尾を噛まれた。この野郎。
間違いなく屈辱だ。
飼育員は餌の残飯を投げ入れるし、それが頭にふりかかってはまれる。
ぶうぶううるさいし、ばちばちなんて音までしてきた。いつもより暑いしぶうぶううるさいし。
いや、だからうるさいんだって。
彼は周りの豚たちに鼻を鳴らして不快感を伝えたが、時間の経過とともに鳴き声は増すばかりだった。
そこでまた、不快な音。
世界がねじ曲がるような音に聞こえた。
ぎぎぎぎぎ。
ぶううううう。
るせーよ。
短い首なりにそちらを向いて言おうとした。
ら、迫る物に気づいた。
木製の壁が倒れてくるのだ。
木製なのに黒くて赤い。それは炎のせいだとわかったと
きには母豚がぐぎいいぐぎいいと鳴き始めていた。
世界がぐわんと曲がった。体が重い。叔父豚が彼の
上に乗っている。次の瞬間、叔父豚が強烈な声を出した。
うるさい、耳のそばで騒ぐな。
彼が豚なりに眉をしかめると、叔父豚の脳天からぶすりという音がした。
顔に飛び散ったものがなにであるかなんて、理解したが現したくない。
自分の悲鳴まで気持ち悪く耳障りだ。彼は豚なりに失神した。
「こっこでまさかの救世主・まっちゃん発動なう!!」
じゃんじゃかじゃーん!!声に出して飛び出したのは飼
い主ではない人物だった。飛び起きるほどの大声がまだ
耳にわんわんと残っている。
黒装束に、百にとどくのではないかという数の小さな髑
髏を首から下げて。
彼は思った。地獄の使いか、と。
「おれのターン!!焼き豚阻止!!ターンエンド!!」
ジョウロを振り回す。ジョウロは風呂桶よりも水が入るのか
、小さな畜生小屋の火事が収まった。この獄卒にしては頼り
なさげな体格の火消しは何なのかと彼が思うと、自称救世主
とやらは豚のしっぽを持ってぽいぽい投げた。何匹かちぎれた。
何なのだ、こいつは。
彼が叔父豚の下で恐ろしく思っていると、目があった。
口角をあげて、にやり。
獄卒に見込まれたのだ。彼は再び失神しそうになった。腹が圧迫
されている感覚。失禁はしてた。
指がのばされる。ちょうど汚れていなかったわき腹に指が当たる
。ひゃあ。よじるが、引っ込めるが、抵抗も意味がなかった。
彼は変態の手に掴まれた。
「ブタモンゲットだぜ!」
「ブー!!」
「調子いいなあ」
その変態に捕まって、彼はどこかへ連れられていった。
食われはしなかった。
まっちゃんと名乗ったそいつは遠くの村に彼を連行した。
そこが反乱軍のアジトなのだという。何に対する反乱なのか
というと、国家だという。
はじめは農民反乱だ。それが発展し、放浪人、商人、役人、
兵士をも巻き込んだ。
「よっちー曰く。明日出発して王都に向かうんだってさ」
そして王に法を変えるように言う。聞かなければ、革命をする。
まっちゃんはそのよっちーとやらを呼び出す。
「まっちゃんさん、どうしたんですか?」
「おもしろい豚さんを見つけたんだ。ちょっと見てよー」
よっちーは好青年然とした若者だった。それなりにしっかりと鍛えられたからだに、
微笑みの似合う顔。美男とはまた違った魅力を持つ男だ。
聞けば妹のミミとともに、父を殺したシュカ皇帝を討つため
に戦っているという。
よっちーの父は、皇帝の兄だった。王位継承者であった
ため、まわりに疎まれて填められて廃嫡された。弟より
有能だったが追い出されて農民として暮らしていた。
それでも妻や子どもとの生活が幸せになったころに、弟は狂った。
意味のない法律を作り、国民を虐げたのだ。豚などとい
う畜生は殺してしまえ。はじめはそれだけだった。しか
しそのひとつの命令が、多くの農家を苦しめた。豚は大
切な食料。それを無駄に殺せとは、ふざけている。
食べるのもなしに、殺せ、一匹残らず抹殺せよ。豚肉が市
場に出回らないと困ることは商人には当たり前のこと。実
家の危機に、都の役人や兵士も憤った。
横暴だ。無知だ。そんな暴君が君臨していていいのか。
そう人々の集まりで言い合う。我々農民は懸命に生きている
。お偉方の食料を作っているのは誰なのか。もし自分たちが食
料に毒を混ぜていたらどうなのか。そろそろ厚顔無恥なシュカ
皇帝は我々に生かさせていただいているということを知れ。
貴様なぞ我々の家畜なのだ。
怒れる農民たちは言葉荒く、一人の男が宥めるまでやめなかった。
止めた男こそが、よっちーの父。
「それでは我々が誇りを失ってしまう。狂った男と同じ段に降りる必要はない。
しかし絶対の拒否の念を持ちながら、対話を続けていこう」」
よっちーのトオチャンは反乱の首謀者となり、数々の知識人
や富豪とも話し合った。
豚がこの国からいなくなるだけで、たくさんの人間が困る。
富豪の青年の母は豚肉が好きだった。病で伏せ、楽しみに
しているのは気の知れた料理人の新作豚肉料理だった。
農民の少女は家畜を殺すことを知った。命をつなぐために殺
すのだ。無駄にしてはいけないのだと、まわりの大人に聞かされた。
貧しい老人も豊かな子供も皆がシュカ皇帝が誤っていると思
った。愚かで何も理解しない男。彼を皇帝にするために追い
出された男は一生懸命に畑を耕し家畜の世話をした。対極の
兄弟。よっちーの父は人々に慕われていた。それに比べて、
あの王は。クソやろうめ。
理性で抑えられていた怒りは偉大なる指導者の死によって爆発した
家族を人質に取られて泣きながら兵士たちはよっちーの父を殺し
たのだ。そして彼らは自害してしまった。
指導者がなくてはうまくいくまいとシュカ皇帝は踏み、
さらに強く豚を殺せと命令した。
言うことさえ聞けば人質はとられない。心優しき農民た
ちは友人の命を助けるために豚を殺したのだという。
そして、その死ぬ予定だったのが、まっちゃんに拾い上げられた豚の彼。
「ぶう(そんなことがあったのか・・・・・・)」
「俺たちは奴を許せそうにない。せめて謝り誠意を尽くすのなら
まだしも、そんなことは期待できそうにないんだ」
よっちーは拳を握って言う。
「シュカ皇帝の側近の悪徳大臣と脳筋将軍がいるんだ。馬鹿三
人衆によって苦しめられている。今いい目を見ているのはその三人だけ」
「効率悪いよねー」
まっちゃんが同意した。
「しかし、すぐに終わる」
よっちーはあたりに目をやる。武器の手入れをする男、荷物を
まとめる青年、食材を運ぶ女、走り回る子供。様々な身分の人間が、
シュカ皇帝への憤りのためにひとつになっている。
ありきたりなようで、胸にくる。
彼は思った。なんで自分は人間じゃないのだろう、と。
言葉の通じるものとして、この輪の中に入りたくなった。声をかけたい。
意見を言いたい。素直な感想を伝えたら、よっちーの助けになるだろうか?
喜んでくれるだろうか。偉大な父の話も聞いてみたい。
仲間がいる気持ちも知りたい。言葉の不自由がもどかしい。
苦労話も愚痴も、同じ言葉で言い合えたならば。
座っていたまっちゃんが足を崩す。彼に腕をさしのべて、微笑んだ。
「あんたにはあんたなりの仲間を作ればいいよ。紹介しようか
、動物さんたち」
ほーら、蛇さんと鳥さん。
まっちゃんは懐からぐったりした蛇と鳥を出した。
ぐったりこそしていたものの、この革命に期待を寄せているの
だろう、瞳は輝いていた。
たった一晩で三匹は旧友のように仲良くなった。話の調子が合う
。ほどよい気遣い。蛇は物知りだった。鳥はのんきだった。豚で
ある彼は二匹を好く思うようになった。
「三匹とも正義のわかる動物なのね」
ミミは食事を盆にのせて運んできた。
「だったらきっと、次は人間になれるよ。ねえ、まっちゃんさん」
隣でまっちゃんは頷く。
「うん。絶対にね。まっちゃんが保障するって
三匹が三人になって、ずっと一緒だよ。ズットモってやつ!」
来世でも彼らと出会い、友情を誓いあいたいものだと彼は思った。
部隊は出発した。王都は遠くない。軽やかに走る馬車を見つ
めて、彼は深いため息をついた。胸がいっぱいだった。かの
勇士の一員になって戦ったかのように思えてしまう。よっち
ーたちとともにいた時間は、畜舎でのそれよりも素晴らしい
。比べられない。人間の時間はこんなにすばらしいものだったのか。
大丈夫だと鳥が言う。来世では人間になれるかも知れない。
人間のすばらしさはその時まで変わらない。もしかしたらよ
っちーたちが生きている間に生まれ変われるかも知れない。
蛇も首を振る。
じゃあ、三人が出会ったら兄弟の契りを交わそう。死ぬまで
兄弟だ。一緒に死のう。どんな恐ろしい目に遭っても、三人
なら平気だろう。人間になったら酒も飲めるしごちそうだっ
て好きなだけ食べられる。そう、楽しくすごそう。期待で胸が熱くなる。
豚である彼は来世が楽しみに思えた。
宮殿。
暗愚の皇帝は刃に倒れた。彼に応援はこない。大臣も将軍
も、それぞれ血塗れて絶命している。
床しか見えない彼の視界が、ぐるりと回った。ひんやりと
した床が背中に回り、遠い天井が見える。
ぐり、と腹を踏まれる。誰かが皇帝の腹部を踏みつけているらしい。
映ったのは、黒装束の地獄の使いだった。
豪華な宮殿に似合わぬそのものは、彼を見下して言う。
「この豚やろう」
[畜生道]
人間に虐げられたり弱肉強食な世界。いいよねそういうのさ。
ー魔羅の言葉より抜粋
2012/09 : 加筆修正
2013/11 : 加筆修正