もとはと言えば昔の皇帝が悪いのだ。そうおれは思う。多分正しい。
とにかく命のピンチだ。おれは妻子持ちの男だ。村人Aから皇帝になった。
ねむいのにもかかわらず、剣を持ってこの舞台にいるのは目の前の男のせいだ。
たたずむ男の手には槍とか鉾とかそんなもの。ぶっそうである。思想家くらい嫌な奴。
はなみずをすすり、ぎゅっと剣を握るがその鼻水ですべった。慣れていないからだろうか。
しぬかもしれない。良いとこの貴族の坊ちゃん相手なので悪口を言った。別の生まれでも言うけど。
ばーか。人殺し。前髪一直線。オジコン。ぴー。ぴー。ばーかばーか。ぴー。ばーか。ばーか。
りんごみたいに赤くなった。あっちじゃなくておれが。恐かった自分が恥ずかしくて。恐くて。
よく考えてほしい。戦術として悪口を言ったのだ。怒らせて隙を作るために。でも、奴の
うしろから武器が投げ込まれた。応援に。何だよそれ、当たったらいたそうだよおい。
たんこぶじゃすまねーよ。死んじゃうよ。おれ。子どもと奥さんとそのお父さんいるのに。
ろうじんと女子供にも容赦ないやつだから困る。そんな奴が将軍で王様でいいのかね。ダメ。
うるさいくらいの悪口を言ってから、あいつはただ投げ込まれた武器を見ていた。
のこぎりじゃないかそれは。ぎざぎざのところを確かめて、頷いている。危ない人。
れんこんだっていっぱつだよそこのなんか。それをとって振ってどうするの。おれに使うの?
きもちを落ち着かせるため
しんこきゅうしたらむせた。ちなみに好きな性別は女性だ。最近奥さんが怖い。
もう、ホラー。どこを切ったらいいかしら、うふふふふ、豚、てとあしてとあし、って。
のんびり屋だったはずの息子と娘も最近おれを侮蔑のまなざしで見る。昨日泣いた。
できたら老後は美人の園で暮らしたいのに、なりゆきで男と決闘、一騎討ちするはめに。
すごくいまさらなんだけど、おれは逃げ足が速いからここまで生きてきた。
がっかり。一騎討ちって逃げられない。逃げたら負け。逃げたら軍師が、
わたしもういやですじっかにかえります。負けたらやられるじゃないですか。
かっこわるいと言われてしまう。もてたいからそれはやだ。
りかいできない。一騎討ち代理人はやられちゃったし。武術とかムリなのに。
まともに戦えるはずがない。この瞬間に相手が赤ん坊になったら、美人に、陛下、
すてき! って言われるのに。でも三十そこらの宿敵、いや天敵は、武器構えて、
かくごはいいか、なんて顔だ。天に見放されろ。兵糧なくなってしまえ。
そういや後ろの席で手を振ってる、さっき拷問器具投げたのってお前の彼女? こ
の野郎美人連れて。紹介しろ。と心で叫んだら恐い顔になった。読めるのか。できんことはない?
いいえうそです。勘弁して下さい。奴の後ろで音がした。
ちゃき、って。そして間もなくおれのからだに衝撃が走った。何がくたばれ権兵衛だ。
ばか、当たったら死んじゃうだろう、全くもう。当たったけど。あと誰が権兵衛だお前か。
めっちゃびっくりした。心臓の真上。うちの幼馴染と軍師とかが叫んだ。
ん、大丈夫。今のは足に当たったから。そう言ったのに、いやあきらかに胸です、って。

すよねー。
こっちの勝ちは難しいし。だってあいつカッコイイ二つ名みたいなのあるし。おれのも考えてよ。
んまあ、有利なことがあるとすれば、相手はあんまり兵糧を重要視しないことくらい。
なまのまま魚食って腹壊してしまえ。でもうっかり兵士たちが
のはらで雑草食わされたりしたらかわいそうだ。そうだ、脱走させよう。こっちにつかせよう。
じしんはある(周りが優秀だから)。
やっと決まった。ふん、おそれをなしたか臆病権兵衛め、と奴が笑うがおれは気にしない。
なんとかここ生き延びて軍を編成しなければ。
いたいよう足にささったようと騒いで医者のところへ運んでもらう。これで決闘はお開きだ。
よし、反撃準備開始。天はこっちを味方した。



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