豪傑たちの面接会

モクジ
序・策多の軍師と乱世の姦雌
「いい加減にしてください」四十前ぐらいの男は言った。穏やかそうな表情のまま、看板を抱えて少女を叱るのだ。
「そんな、それはわたしの唯一の生きがいなのに……」
「悪癖とも言います」
「そ、そんなあ。シクコウさんの鬼畜! 人でなし! 陰獣! 孤島の鬼!」
「なんとでもおっしゃってかまいません」シクコウと呼ばれた男は退かない。
「イウリャどのが勝手すぎるだけです」
 彼の持つ看板には、『人材求む!われこそはという人は、リョウの湖のほとりの反乱軍にどうぞ。BYイウリャ』と書いてあった。溜息と共に男の仮面が外れた。
「刺客ホイホイじゃないですか。このおバカ! まぬけ軍主!」
「鬼畜軍師!」
「大体イウリャどのはリーダーじゃなくて人事やってればいいんですよ。この乱世の勧誘め!」
「奇策軍師!」
「褒め言葉ですよそれは。策によって天下を取るものを奸雄といいますが、イウリャ殿の場合は姦雌です」
「そんな、それじゃわたし毒婦みたいだよ!」
「このかしましポニテ! それで身長補えてるつもりですか」
「毒舌鬼畜変人軍師!」
「乱世では国家反逆者ですが、治世ではどんな人間だと思いますか。なんとなくいいかもしれない男と結婚はしてみたものの、子供が中学生くらいになると全くもうあのころのときめきは無く、シミがひどくなり体型も崩れ、不倫などを考えたりはするものの若い男は捕まらず、しかし腹の出た亭主は女をつくり、離婚するも辛党の長男はグレて盗んだ馬車で走りだし、二男はニートとなって毎日二次元エロサイトを見ながら穀潰しとなり、パラサイトの長女はリストラされた上結婚詐欺に遭い、なんとかできちゃった婚をするものの成田離婚、老後はどの子どもも当てにならず、むしろ年金をせびられる毎日。そんなかんじですよ」
「勝手に人の将来妄想しないでよ!」
「いや、私の見立てはかなり正確です。いとこが田んぼに落ちることすら予知しましたからね」
「落ちたの!? いやそれより、どうしても看板が必要なんだから!」
「……わかりました。そこまで言うならいい策があります」
「え?」

 そんなわけで、その部屋には青年と少女と少年がいた。ソゴン王ケンムとカンショ国に反乱真っ最中のイウリャ、カンショ王のキュウフウだ。
「これより三勢力同時面接を始めます」
 かくして、乱世に新たな雇用が生まれた――



壱・親の七光は時として百八闇
 番号一番、入ってきたのは紫のかんざしを髪につけた少女だ。戦装束に槍と言う姿だ。
「ユイ・ショウさんですね?」
「はい」
 まともそうな少女だ。真面目さ、明るさ、誠実さ、どれも期待できそうである。
「それではかんたんなじこしょうかいをおねがいします」キュウフウがカンぺを読む。
「はい、私はカンショのオウリン将軍のお世話になっています。名前は言えないのですが、父もかつてカンショの昔の陛下のお世話になっていました。オウリン将軍、シリュ将軍、ヴァシュ将軍のご指導の元、経済政治と様々な事を学びました。父からは槍術を教えられ、この扱いにかけては自信があります」
 はきはきとした声に、気持ちの良くなる三人。特にキュウフウは、自分の父に関わったという少女一家に安心感を抱いていた。
「すごいな、槍が得意なんて。どんなことができるの?」イウリャが目を輝かせた。
「父はジャンジー流でしたから私もそうです」
「どういった技の流派?」ケンムの問いに、
「敵をブッ刺してブン回すんです!」にこにこと答えるユイ。
「「「ワイルド……」」」
 イウリャは、ユイの半袖姿をみたくないと思った。
「父は五人までイッキにいけたけど…私は修行が足りないから、三人がやっとなんです」
 どんな野獣を父に持つのかこの娘は。
「ちなみにユイさん、お母さん似?」
「いいえ、父似だとよく言われていました…。母は十五年前に……。このかんざしだけが形見なんです」
 しんみりするべきか、父親を紹介してもらうべきか。イウリャの隣でキュウフウはなぜか鳥肌を立て始めていた。
「じゃあ、そのお父さんとやらが矛で戦っていたら矛を使っていたんですか?」ケンムが問う。
「勿論です。それが我が一族なので」ユイは怖じず答えた。
「じゃあ膝かっくんで敵を倒す将軍だったら……?」
「わたしもそれで戦い抜くのみです」
「……えー」
「なんて嘘ですよ。膝かっくんじゃあ手間がかかりますから、適当な槍とか剣使います」
「ですよねー」
 青年が苦笑いする中、キュウフウの頭がふらついた。
「どうしたの?」
「なんかツリ目の槍使いでジャンジー流の人見ると、眩暈と鳥肌がするの」
「なにそれこわい」



弐・彼が世は長続きしなさそうだよね
「お、おまえは……!!」
 現れた男を見て、ケンムは立ち上がって指を指した。
「ケンムか」
「オンショウ…なぜここに?」
 ケンムはオンショウの姿に驚きを隠せないようだった。
「だれ?」
「こいつの兄貴の世話をしてやったのがおれの親父なんだ」
 オンショウは胸を張って言う。
「しかし、オンショウの家は名家の金持ち。なんでこんな就職の場に?」
「それはなっ!」
 オンショウはケンムを睨みつけた。
「こいつの兄貴のせいだ!!」
「なんだと。うちの兄は悪くない。あの事件のせいにするのか!?」
 男二人は今にも殴り合いをしそうだった。
 敵とはいえこどもにそんなバイオレンスの現場を見せるわけにはいかないと、イウリャが止めに入る。
「まあまあ、今はそれより面接しましょうよ。オンショウさんも、内定決まってからにして」
 かくして面接が始まった。
「特技とかありますか?」
 椅子に座ったオンショウは、やはり胸を張り、
「ビジネス社会に欠かせない、敬語が得意だ!!」と叫んだ。
「あっそう。じゃあやってみろよ。やれるもんならな」
「まあまあケンムさんも落ち着いて」
 ダンゴ虫相手にもこんな侮蔑の目を使わないであろうという目で睨むケンム。
「だってアイツ、お座りくださいと言う前に座ったんだぞ?二人とも、尻を蹴飛ばしていいレベルだ。やってしまえ」
「落ち着いてー」
 キュウフウは刺々しい雰囲気に涙目だった。
「とにかく、じゃあ敬語で自己紹介をしてみてください!」
 立ち上がって奮闘したイウリャが腕を振って止めさせた。
「んじゃあみやがれ」
 オンショウは親指を突き出した。
「おれはオンショウとおっしゃいます。エン地方からおいでになりました。面接官の皆共、今日はよろしくおねがいしろ!」
「てめえ帰れ!!」
 ケンムは懐から出した酒瓶を投げた。
 イウリャはもう止めなかった。



参・裏切り一代男
 現れたのは、かなり大柄の男だった。しかしなかなかの美丈夫でもあった。
「お名前は?」
 ロノロナだと男は名乗った。
「そうなんですかー」
 キュウフウはふーんといったていで終えたが、ケンムとイウリャは違った。
「あの父親殺しのロノロナだと!?」
「ドウクンを殺害したという!?」
椅子が同時に後ろに倒れた。
「俺の事を知る人間がまだいたか」
「あのドウクンの死はたった五年前だ。五年前って言ったらまだ俺十八だぞ」
「戦争の歴史を手繰ったら最後の方十五年はロノロナさんの名前出てるよ。全部裏切った殺しただから覚えやすいって」
 キュウフウは歴史も時事も苦手だった。好きなのは綺麗な絵と綺麗な音楽だ。ブッソウは嫌いなのだ。
 キュウフウがこの日帰宅したら宰相の臨時授業が待ち受けているのだが、それは別のお話、今回はロノロナについてなのだ。
 五年間も無職をしていたロノロナはとうとう金に困って就活を始めたのだという。
 しかし、素直に雇っていいものか。
 この男の武勇はかなり知られている。しかしそれ以上に裏切りの虞がある。
「まあ、まずは普通に見ればいいでしょ」
「たしかにそうかもな」
 こそこそ話を終わらせると、三人は向き直る。
「志望動機をまずお願いします」
「わかった。俺は乱世にこの戟の腕が役に立つのではないかと思い、ここに来た」
 まあまとも。
「そうですか。では、かんたんなじこしょうかいをおねがいします」
 キュウフウの言葉に、軽く頷く。
「生まれは東部、十二で族長の駿馬で西へ出てワンに仕え、ツニニギで三年、ミツサブ、シヨ、ゴツイ、ロツロ、セナナブ、ハチヤ、コキュウツ、トジュウ、レブイン、エルブト、中略、ドウクンに至った」
 男の来歴は裏切りオンリーであった。もしかすると族長の馬は盗難馬だったのかもしれない。おうすれば裏切りの他、それ以外ない。
「……採用の暁にしたいことはありますか?」
 ドン引きを隠そうと頑張って笑いつつ、イウリャは訊く。
「そうしたら……多分また、」
「また何なの!?」
「うr」
「わかりました、次へ移ります……」
 お前雇いたくねー!!と思いながらケンムは遮った。
「じゃあ最後に何か言いたい事をどうぞ」
「言いたい事?」
 天井のシミを眺めながら、考えるようなそぶりを見せた。
「俺のモットーは自分に正直に生きる事だ。どうせ俺を裏切り者だとかなんだとか言うやつはゴミを捨てる勇気もないやつなんだろう。嫉妬してるんだ。だって俺は世界有数の忠義者だからな」
 椅子から立ち上がり、まっすぐ指差して、叫ぶ。
「だから俺をやとえ!!」
「嫌だ」
「ごめんなさい」



四・水っぽい関係
 今回は集団面接だ。理由は疲れたから。遅く帰ると軍師が文句を言うからだ。今日は早く終わらせてしまおう。
「じゃあ、お入りください」
 イウリャの声に戸が開く。現れたのは三人。
「あ」
「あ」
「あ」
 トップ三人は指をさして声をあげ、固まった。
「シクコウさん!」
「リョウメイっ」
「キユ、何してんだ!?」
「何って、面接に決まってるじゃないですか」
 キユと呼ばれた美女は腕組みして答えた。
「そうです。面接のためにこんなことしてるんでしょうに」
 シクコウも言う。
「私と兄シクコウ、従妹のキユはそれぞれ自分にどれほどの価値があるのか、向き不向きの確認と共に知りたくなりましてね。そこでわざと面接を受けることによって試してみようと思ったのです」
 解説したのはリョウメイだ。
「そうだったんだ……」
「びっくりした……」ケンムはほっとしたらしく、体から力を抜いて背もたれに寄りかかる。
「それじゃ、良く知る相手なことだしはじめよっか」

 カショ家はスペシャリストの家系である。シクコウは策、キユは軍師、リョウメイは政治の才能と能力を持つ。ちなみにリョウメイの姉・フェイリンは物づくり、弟のタンキンは先生の才能を使って活躍中だ。
 いままでカショ家からはたくさんの傑物が生まれては各国に関わってきた。あくまでも一個人としての仕事と言う姿勢を崩さなかったため、だれがどの国にいようとあまり関係なかった。とはいえ三つ巴に一人ずつ関わっているとは……。
 何から質問すればいいのか。イウリャは就活中の大学生百人に聞いた!わたしはこんなことを訊かれたリストを見る。
 これだろうか。
「趣味は何ですか?」
 そういえばシクコウの趣味など知らなかった。軍師はみんなそういうものなのだろうか?
「音楽です。楽器を弾くのも歌うのも、舞うのも好きです」キユが答える。
「最近は食糧確保も兼ねてガーデニングなどやっています。今は小松菜とジャガイモを試していまして、次はコメでも植えようかと思っているところです」
 イウリャは手を握った。すばらしい。自分でも来てほしいと思うリョウメイ、そしてソゴンでも地位のあるキユ。さすがだ。いいサーブだ。
キユの言葉からは、彼女のひろさがうかがえる。芸能についても詳しいとなると、話題が豊富なんだろうと思う。そうなれば話術もなかなかのモノなのかもしれない。このひとともっと話してみたら楽しいかもしれない、そう感じるのだ。
リョウメイから親近感を感じる人もいるだろう。イウリャより頭一つ分以上長身で、さすがキユの従兄という容貌の男だ。彼の脆そうな人間らしい箇所がわずかに覗くのだ。人間の話し相手を望むならば、育てている作物について訊いてみればいい。カンショ宰相の立派な回答が聞きたいのならば、食糧自給と政治についてだ。
イウリャはシクコウを見つめる。こんな人たちの兄・従兄のうちの軍師。
どんな答えを聞かせてくれるのだろうか。
「……映画鑑賞と音楽鑑賞です」
 よくある。
「シクコウさんが音楽を?初耳です」
「たしかに兄さんが音楽に興味を持つとは」
 軍師の弟と従妹に、そっと思う。わたしもはじめて。
 表情の見えない顔のシクコウ。イウリャは一応は他人事なのだが窮屈な気持ちになった。
「どんなのきいたりみたりするんですか?」
 キュウフウが首をかしげた。
 やめたげて。
「………馬のいななき、とか」
「…………」
「シクコウさんごめんなさい。これからはあんまり苦労かけないようにするから、好きなことしてね」
 イウリャは半泣きで訴えた。




五・世界で一番軍主さま
 オーシというおじさまがいた。彼は故郷を追われてはいるものの、確かな仁徳と武術が売りであった。
 噂によれば彼の弟子の青年は立派になったという。
 そんな彼が、国の王に呼び出された。
 ドキドキしながら会場と指定された場所へ行き、入ると、横に並べられた椅子には三人が座っていた。
 頭の高いところで髪を縛った少女、オーシの弟子よりほんの少しばかり年上だろうかという青年、そして七つほどの子供だ。
「オーシさん。書いてあった通りに面接お願いします」
 左肩から倒れそうになる。

 オーシの使命は、カンショ王、カンショ反乱軍頭領、ソゴン王の面接だった。しかも「採用するつもりで」「大丈夫です、つもりなだけで」と言われている。
 しかし、そんなこと言われたって緊張しないわけがない。王族二人いるのだ。弟子の知り合いだと言う少女が救いなのだろうか。
「それでは始めます。名前はわかっていますから、趣味についてお願いします」
 家で自分を待っている母を思い出しながら時が過ぎるのを待つ。
「ぼくはきれいなものがすきです。せんそうだいきらい。せいじもいやです」
 少年、平和主義なのはいいが、君王様だからね。
「……飲酒」
 うん、それは本心だろうけれども面接向きじゃない。
「人間観察です」
 目を輝かせて少女は言う。軍のトップだから良い答えなのだろうが、なぜか引っかかる。
 奥の方の記憶のふたが開きそうになったが、気にせず続けた。
「それでは今までの失敗談とかありましたらどうぞ」
 これはモノホンではないのだ。ちょっと笑えるお話とかでくつろぎたい。
「じゃあ、ぼくはなします。おうちをぬけだしておはなみにいったらさんぞくにゆうかいされかけたの」
 失敗談じゃない。誘拐殺人未遂だ。
「それ、私は関係ない件だよ」
「そうなの?おねえちゃんはなんかしっぱいしないの?」
「私は爆笑すると顔からお皿につっこむクセがあるんです。辛いスープに入った時はもう目がもってかれたかと思った」女の子がそれはどうなのか。
 半ば雑談になったが、面接なんかよりもそっちが向きなのだ。オーシは弟子の家で過ごした日々を思い出していた。弟子のシノには兄弟が居なかったが、いたらそれはそれで楽しかっただろう。
 弟子のシノの家の料理人の作った雑炊を思い出していると。
「俺は酒の席の失敗だな。目が覚めたら庭の池の中心で兄の部下のシキタを羽交い絞めにしていてさ。池のふちで兄と母とキユ達が泣きながら俺の説得にかかってて。途中の記憶がないからわからないんだけど何があったんだろうって今でも思ってる」
「お酒の失敗なんてそういうものだと思うなあ」
「そうなの?」
「うちのみんなもよく失敗しちゃうの。ジョウトウさんなんて像を壊しちゃったことがあるし、コウデンさんは人に絡むし、シノさんは脱いで部屋の隅まで寝転がって移動するの」
 オーシは弟子に説教しようと決心した。
モクジ
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